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はすぴー

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  • 白黒テレビでウルトラマンを見て育った世代のオヤジです。
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    大晦日
    大晦日、一年を振り返る。
    仕事はこの数年で最も忙しくストレスものしかかったが、それなりの
    成果はあったのではないだろうか。
    休日は相変わらず晴れれば山歩きか家庭菜園、雨の日は読書か録画を
    見るといった具合。
    山歩きは屋久島、北アルプス(常念山脈)、尾瀬、関東周辺の低山など
    31座に登り足腰を鍛えた。
    家族も病気や怪我もなく、総じて言えば75点くらいの年だったように思う。

    当ブログをご覧いただいている皆さま、今年もありがとうございました。
    良いお年をお迎えくださいませ。来年もよろしくお願いします。

    写真は今年最後の山歩き「金時山」~まさかり担いで



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    日記 | 23:11:00| Trackback(0)| Comments(0)
    アンビリバボーな昭和の暮らし(その12)
    馬が道を闊歩していた

    これは足立区だけの光景なのかも知れないが、馬が公道を悠然と歩いていたのだ。
    といっても、野生の馬がパカパカと歩いているわけではなく、農耕馬(農業用の馬)
    を飼い主がひいているということで、道には「馬糞」がコロコロと落ちていた。
    たぶん掃除はしてなかっただろうから、気をつけて歩かないと靴が’糞まみれ’
    になってしまうのだ。馬が歩いているくらいだから、耕運機やトラクター、
    田植え機なども通学路を走っていた時代だ。50年前とはいえ、花の東京にも
    こんな風景があったことはアンビリバボーだろう。
    ついでに言うと、犬のフンは今よりもあの頃の方が多かった。(飼い主がフン
    を持ち帰るなんていう慣習はなかったように思う)友人と学校に行く途中、
    誤って犬のウンコを踏んだやつは、一日中 からかわれたもんだ。
     
    尾籠な話題ついでにもうひとつ。当時の足立区は田んぼや畑が多く、そして
    「肥溜め(こえだめ)」もいたるところにあった。「肥溜め」を知らない人
    のために補足すると、畑の肥料とするために人糞を移して溜めて置くのだ。
    大きさは直径2メートルくらいの円形でちょうど幼児用のビニールのプール
    を想像してもらいたい。そんなものが畑の隅っこに何気にあり周囲には雑草
    が生い茂っていたりするもんだから、案の定 落ちてしまうのだ。といって
    も全身がおぼれるわけではなく、片足だけ「ズブッ」と落ちる。そして半
    ベソをかきながら家に帰り、おかあちゃんに呆れられるのだ。買ったばか
    りのサッカーシューズを糞まみれにした時のことは今だに忘れなれない
    足立区の同世代の方なら同じような経験者は少なくないはずだ。



    昭和レトロ | 10:13:39| Trackback(0)| Comments(0)
    アンビリバボーな昭和の暮らし(その11)
    コンビニもファミレスもなかった

    今では当り前のコンビニやファミレスだが、その歴史は意外と浅い。
    セブンイレブンの第1号店が東京都江東区にオープンしたのは
    1974年(昭和49)だから、まだ40年に過ぎない。コンビニのない
    時代はパンが欲しけりゃパン屋さんに、マンガが欲しけりゃ本屋さんに
    乾電池が欲しけりゃ電気屋さんに行くしかなかった。
    そして商店はだいたい夜7時には閉店してしまうし、前触れなく休む
    こともあったし、、お盆や正月は1週間くらい休んでいた。
    だからセブンイレブンが近所にできた時にはその利便性に感動すら
    したもんだ。名前が示すように朝の7時から夜の11時まで営業して
    いることは庶民にとってまさに便利(コンビニ)であったのだ。
    当時のセブンイレブンのキャッチコピーは「セブンイレブン、いい気分。
    開いてて良かった」。その次には「なぜか急にいなりずしが食べたく
    なった」というコピーで欲しいものがいつでも手に入る便利さを訴求し、
    日常生活にコンビニは浸透するようになった。
    その後については今さら説明する必要はないだろうが、24時間営業、
    宅配便、ATM、通販窓口などますます便利さに拍車がかかり、
    現代人にとってはなくてはならない存在になった。今の若者にコン
    ビニのなかった時代を想像することができるだろうか?

    コンビニ同様、ファミレスの歴史も浅く、第1号が登場したのは
    1970年 (昭和45)大阪万博開催の年に東京都府中市に
    「すかいらーく」が誕生した。「ファミリーレストラン」という
    呼び名は、その1年後にマスコミが命名したそうだが、いつのま
    にか略されて「ファミレス」と呼ばれるようになった。
    当時のファミレスは郊外型で店舗周辺にほとんど建物はなく、
    広い駐車場というのが一般的でまさにファミリーを対象とした
    レストランだった。しかし「建物がガラス張りで食事をしてい
    るのが丸見えだから、嫌いよ」というお母さんの意見も少なく
    なかったらしい。

    ちなみにこの写真はいまではもうない「すかいらーく」だが、
    その最後の店舗が我が家から徒歩3分の草加遊馬店だった。



    昭和レトロ | 23:07:44| Trackback(0)| Comments(1)
    アンビリバボーな昭和の暮らし(その10)
    昭和40年代になかった飲食物

    スパゲティは当時の子どもは間違いなくご馳走であった。ミート
    ソースかナポリタンしかなかった時代だ。ボンゴレ、パジリコ、
    ペペロンチーノ、カルボナーラといったものは俺が大人になって
    から登場したように思うし、いつからスパゲッティをパスタと
    呼ぶようになったのだろうか。

    俺が小学校の頃(昭和40年代)に存在していなかったものをあげると、、、、
    ブロッコリー、カリフラワー、アスパラ、マンゴー、キューイ
    フルーツ、グレープフルーツ、ライチ、アボカド、アメリカ
    ンチェリー、カイワレダイコン、生クリーム、クリープ、
    シーチキン、ウーロン茶、ポカリスエット、ジンジャエール等々。
    (もしかしたら存在していたのかも知れないが、庶民には普及
    していなかったか、あるいはうちが貧乏だったので買えない
    だけだったのかも)
     
    逆に当時、よく食べたり飲んだりしたが、最近しなくなったものは、、、
    ・きなこ、あんこ、でんぶをごはんの上にかけて食べた
    ・麦茶、トマトジュースに砂糖を入れて飲んだ(トマトに砂糖をまぶして食べた)
    ・家で「あられ」を作った。熱いうちに醤油をかけて食べると美味い。
    ・ひな祭りでもないのに、年中、あま酒を作って飲んだ
    ・冬の定番といえば、おしるこ・ぜんざいであった
    ・粉末ジュース(わたなべのジュースの素)にお湯を入れてホットオレンジにした
    ・クリープを溶かしてホットミルクにした



    昭和レトロ | 23:58:10| Trackback(0)| Comments(0)
    アンビリバボーな昭和の暮らし(その9)
    電話のない家があった

    今では携帯電話の普及によって家庭の固定電話の設置数が減少している
    ようだが、昭和40年代頃には電話そのものがない家庭もあった。実際、
    小学4年の時の「学級緊急連絡網」には電話番号の書いていない人には
    最寄りのクラスメートから点線で繋がれていて、「徒歩で」と記載され
    ていたことを思い出す。

    電話のない家はどうしたかと言えば電話のある近所の家に取り次いで
    もらうのだ。これを「呼び出し」と言って近所付き合いが行われる。
    たとえば、こんな具合だ。「こんばんわぁ~、となりの安倍ですが、
    小泉さんに電話が入っていますよ」「あーら、安倍さんちの奥様、
    いつもすみませんねぇ」とか言いながら小泉さんはサンダルをつっか
    けてとなりの安倍さん宅の電話を使い始めるのだ。また小泉さんから
    電話を掛けたい時に、近くに公衆電話があればいいのだが、ない場合
    には隣の安倍さん宅に行き「あのぅ、夜分すみませんねぇ、ちょっと
    電話、お借りしてもよいかしら、おほほ」「あーら、小泉さん、遠慮
    なんかしなくていいんだからさぁ、おほほ」と、こんな具合に電話機
    を共有化していたのだ。
    もちろん、お隣さんが安倍さんのような親切でないケースもあり、
    電話機のそばに 「1回10円」と書かれた貯金箱が置いてある場合
    もあった。



    昭和レトロ | 23:53:20| Trackback(0)| Comments(0)
    アンビリバボーな昭和の暮らし(その8)
    運動会は「足袋」で走った

    同年代でも地域差があるようだが、昭和30年代 足立区の小学校では
    運動会には「足袋(たび)」を履いて競技していた。そして徒競走で1等賞になると
    「えー、この”たび”はおめでとうございます」・・・なんて寒いギャグを
    言われることはさすがになかった(笑)

    足袋は学校が指定するもので、なぜか近所の文房具で売っていた。普通の
    足袋の裏にオレンジ色のゴムが貼ってあり、踏ん張りがきくようになっている。
    当時、運動靴がなかったわけではないので、なぜ足袋を履かされたの
    かわからない。白い足袋が土で汚れていくのが申し訳ないと思っていた。
    小学校卒業以来、足袋を履くことはなかったが、結婚式で袴を着た時に
    久しぶりに足袋を履いた。その瞬間、パブロフの犬のように思わず駆け
    出したいという衝動にかられた。(汗)



    昭和レトロ | 23:44:18| Trackback(0)| Comments(0)
    年賀状作成日
    毎年のことだが、12/23天皇誕生日は「年賀状作成日」になっている。
    近所に住む実家の分も合わせて作るのだが、年々手抜きになってきている。
    実家の老夫婦の分はシンプル過ぎて個性もへったくれもない。
    12/19に書いたようにパソコンが壊れてしまったが、たまたま「筆ぐるめ」
    の住所録データのバックアップが残っていたので助かった。

    さて今年はどんなデザインにするか悩んだあげくやはり干支の猿は
    外せないだろう。しかし猿はどうしていつもバナナと一緒に描かれて
    いるんだろうか。猿って本当にバナナがそんなに好きなのかなぁ~などと
    どうでもいいことに時間がとられ手抜きになった言い訳をするのであった。



    日記 | 16:53:52| Trackback(0)| Comments(0)
    銀座 笑座こんぱる
    銀座7丁目信号から徒歩1分、金春通りにある「笑座こんぱる」
    はニューハーフ&美男美女ダンサーによる楽しいショーレス
    トラン。
    ショーが始まる1時間前に店に入り、食事をしているとダンサー
    が次々と挨拶にきてくれて名刺を渡してくれる。オカマバー
    ではないので美人の女性もいる。
    料理はサーモンサラダ、天心3種盛り、から揚げえび天冷しそば
    にアルコール呑み放題付き。

    店内はすぐに満席となり、ショータイムが始まると上下に動く
    3段ステージの舞台を縦横無尽に動きスピード感のあるパフォ
    ーマンスが繰り広げられる。10人以上のダンサーが次から次へ
    と出ては去りの七変化。
    1回のショータイムは50分だが、あっという間に終わってし
    まった感。ショーの後に座長さんから各ダンサーの紹介があり
    常連さんはオヒネリを渡していた。

    ショーは日に三回あり2時間45分刻みで入れ替え制となって
    いる。最近では、はとバスツアーのメニューにもあるとのこと。
    非日常的な舞台を楽しく満喫させてもらえた。



    日記 | 23:19:53| Trackback(0)| Comments(0)
    8台目のパソコン
    この1ケ月、更新が止まっているのはパソコンが壊れたからだ。
    まぁ、6年近く使っていたパソコンなので寿命といえよう。
    すぐに新しいものを買えば良かったのだが、もしかしたら突然
    直るのではないかと甘い期待もあり、なかなか購入に踏み切れ
    なかった。

    パソコンを使うようになって今回の8台目はタブレッドと一体化
    したタイプで持ち運びが便利だろうと考えた。
    しかし、実際に使ってみると画面が小さく使い勝手はあまり良くない。
    一台二役はどっちつかずの中途半端なものになってしまった。
    まぁ、買ってしまった以上は有効に活用したいと考えている。



    日記 | 23:22:14| Trackback(0)| Comments(0)